うちのばあちゃんの話をしよう。
うちのばあちゃんは、呆けている。二年ぐらい前に脳溢血で倒れてから、呆けはじめた。歳だから仕方無い、というような事をお医者様は言っていた。始めの頃は手に負えないくらい非道かったけれど、最近はだいぶ落ち着いてきている。 うちのばあちゃんはいつもにこにこしている。テレビで漫才なんかをやっていると、しわくちゃの顔をもっとしわくちゃにして、笑う。でもばあちゃんの顔はてらてらとしていて、ほんのり紅い。しわくちゃの顔の中でそこだけてらてらとしているのは、変な感じだ。時々僕は無性にばあちゃんの頬を触りたくなるが、結局触らない。いつも手を伸ばしかけて途中で止めてしまう。あるときそんな僕の手をしげしげと眺めて、ばあちゃんは、ささくれがあるよと言ってにこにこ笑っていた。
一度、ばあちゃんが骨折したことがあった。階段から落ちて、右足を骨折したのだった。非道い骨折で、しわくちゃの皮が、血で真っ赤に染まって、その破れた所から赤い肉がぐちゃっとはみ出していた。強く握れば、きっと骨の硬い感触がべらべらした皮の上から、感じられただろう。でも僕はただ恐怖と不安で、自分の部屋に逃げ込んで漫画を眺めていた。
ばあちゃんには、独特の匂いがある。それはとても古いような、何かそそる匂いだ。みそべや(ってわかるだろうか?)のような匂いだ。僕はその匂いがけっこう好きだ。嗅ぐと、不思議と落ち着くからだ。だから僕は、心細くなると、ばあちゃんの元へ寄っていって、嗅ぐ。ばあちゃんは、にこにこしながら、僕が嗅ぐのを眺めている。そして時々、しわくちゃの顔をもっとしわくちゃにして、笑う。
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