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沼池(ぬまち)

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「子供」(夢の一部分)

<前略>
「子ども」の「ども」がなぜ「共」ではなく「供」なのかということが気になり、昔うわさで子どもはかつて人身供犠に使われていたから「供」の字が当てられたと聞いたことがあったから、「子供」の字を辞書で調べる。それによると「供」には「わっぱ(わらわ)」という意味があるという。さらに「供」の字を辞書で調べてみると、「供す(きょう・す)」という言葉には「手も足も出せない(役に立たない/使い物にならない/未熟だ)」という意味があるそうで、故に「供」を「わっぱ」の意味として使うらしい。
それで一応は納得したのだが、しかしこの「供す」という言葉にそもそも「供犠に出す」という意味があったのではないか、と勘繰る。「手も足も出せない」というのは、そもそも、生贄のために手足を切り落としてしまうようなことがあったのではないかと、邪推するが、そこまでは調べてもわからない。
<後略>
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Comment

無題

  • OA
  • 2016-05-08 19:04
  • edit
当て字だから意味はないですよ。
子共という書き方もかつてはありました。
漢字の意味ですが、白川静という人が漢字の起源を調べて字統という辞書を編纂しています。
供の項目をみてみましょう。

【供】両手でものを捧げる形。[説文]八上に「設くるなり」と供設の意とし、「一に曰く、供給するなり」というが、もと供献を意味する。

無題

  • OA
  • 2016-05-08 19:09
  • edit
ちなみにもともとは子等と書いていましたが、
院政期から子共になってきます。
人偏がついたのはだいぶ後になってからですね

コメントありがとうございます。

  • yoshiwo
  • URL
  • 2016-11-14 18:07
  • edit
>OAさま
お返事が遅くなって申し訳ありません。
コメントありがとうございます。
たいへん勉強になります。
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