忍者ブログ

よしをの震後/原・映像

福祉と創作。言葉と身体。漫画。■管理:よしを ■mail→ yoshiwoemon [at] gmail.com ■Click MENU.
MENU

ENTRY NAVI

  • Home

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

内田百閒の文章の奥行きのなさについて、試論


A「私は長い土手を伝って牛窓の港の方へ行った。土手の片側は広い海で、片側は浅い入江である。入江の方から背の高い蘆がひょろひょろ生えていて、土手の上までのぞいている。向うへ行くほど蘆が高くなって、目のとどく見果ての方は、蘆で土手が埋まっている。」(内田百閒『冥土・旅順入場式』)

B「ふたりが急ぐふうもなく歩きつづけている通りは、ま一文字にどんどん下っていって、地平線にまで伸びている。地面全体が斜めになっている。左右にならぶ家の列は、かつては、欄干や彫像で飾りたてた華美なファサードをほこっていたが、そのファサードもずっと以前に荒れはて、石壁は腐って海綿状になり、かびで一面しみだらけだ。」(M・エンデ『鏡のなかの鏡』)

 Aの文章は近景から遠景へと視点が移るように描かれているが、「向うへ行くほど蘆が高くなって、目のとどく見果ての方は、蘆で土手が埋まっている。」とあるように、視界が遮られている。「向う」という言い方もあいまいだ。
 一方、Bの文章では、遠景から近景へと視線が移るように描いてある。Aと同じように反復される画一的な風景が続くが、視界は遮られていない。また、文章が近景で終わっていることで、そこから主人公をめぐる描写への移行が自然になっていて、遠景の想像を補う形で、近景の想像が豊かにめぐらされるようになっている。画一的な風景が続く、ということは、近景のイマジネーションが、ある程度は遠景へも適応されるということだ。Aの文章では、さきに近景のなにもなさを言ってしまったことで、遠景もまたふさがれてしまうが、Bの文章では、茫漠とした遠景から、具体的な近景へ視点変換されることで、遠景への広がり=イマジネーションは、壊されずに保存される。その上で近景~主人公についてが、語られるのだ。そのようにして、Bの文章では、遠景と近景が補い合って、それぞれの広がりと細部とを担保するようにできている。
 対してAの文章では、近景の何もなさと、遠景の「埋まっている」閉塞感とが、互いに打ち消しあうようにして働いて、結果閉塞感が強まってしまい、視野は広がっていかない。このようにしてAの文章の焦点は、広がりや奥行き、と言った空間の方ではなく、むしろ「ひょろひょろ」というオノマトペに代表される、「私」のよるべなく不安な身体感覚・意識の方なのだろう。ということがみえる。その意味では、これは「私小説」的な感慨を描いた文章だと、いうこともできるのではないか。
PR

にわにわにわにわとりが……

庭には二羽に、埴輪には庭に、母は葉も桃も供えた。
---
にわにはにわにはにわにはにわにははははももももそなえた

「子供」(夢の一部分)

<前略>
「子ども」の「ども」がなぜ「共」ではなく「供」なのかということが気になり、昔うわさで子どもはかつて人身供犠に使われていたから「供」の字が当てられたと聞いたことがあったから、「子供」の字を辞書で調べる。それによると「供」には「わっぱ(わらわ)」という意味があるという。さらに「供」の字を辞書で調べてみると、「供す(きょう・す)」という言葉には「手も足も出せない(役に立たない/使い物にならない/未熟だ)」という意味があるそうで、故に「供」を「わっぱ」の意味として使うらしい。
それで一応は納得したのだが、しかしこの「供す」という言葉にそもそも「供犠に出す」という意味があったのではないか、と勘繰る。「手も足も出せない」というのは、そもそも、生贄のために手足を切り落としてしまうようなことがあったのではないかと、邪推するが、そこまでは調べてもわからない。
<後略>

古歌供養(2012年夏)

かげろうの凝りて白き飛行船

遣り水を追いかけていく空に舟

熱射病の街を漂う船と霊と

カン蹴りの遠近法や空に舟

ゆっくらと空のぼりゆく飛行船何も思わで遊ぶ子は無し

天辺の広告板は身を翻(かえ)しゆっくりと描く色即是空

蝉しくれ切り取り結び投げ遣るに天の一方を飛行船逝く

深々と宇宙の闇を蓋(おお)うほど不透明かよ恒星の灯は



森にひぐらし町にあぶらぜみ精霊会(しょうりょうえ:お盆のこと)

精霊送る山にひぐらす言葉たち

精霊を送りし故郷(さと)に蝉時雨(しぐれ)かな

風立ちね虻一匹の雨宿り

兵(つはもの)や雷(かみなり)黒き雨持って来(き)

どうと打ってまたかしこまる雨ごもり

夕立や耳目鼻(みみ・め・はな)白くけぶらせ

青かびの匂い起こして通り雨

遠雷や3秒すっとばして鳴り

遠雷や光しもせで腹下し

遠雷や突然アブラゼミの鳴く

あぶらぜみ黄色き雲の忽然と

夕立や湯気立つ身体(からだ)の夢見がち

べったりと屋守(やもり)張り付く低気圧

肉薄すスズメガの夜ひるがえし

さ夜ふけて蝉くつがえるタオルケット

百(どぅど)

地元の地名に「どうど」という所がある。
幼少期はずっと「どうど」という音として記憶していたのだが、それが最近地図を見て知ったところによると「どうど」は漢字で「百」と書くということだった。

「百(どうど)」とは、しかし、かなり変わった読み方に思える。
でも、考えても見れば妖怪「百目」は「どどめ」とも言ったとおもうし、「どどめく」ということばもある。「百めく」と字を当てるのかどうかは知らないけど、方言というよりはこれは意外と一般的な古語なのかもしれない。
しかし、いったいなんで「百」が「どど」なのか?

「百」⇒たくさん⇒どんどんと(ある)⇒ど・ど

だろうか? ともかんがえていたが、どうもしっくりこない、と思っていたのだが、先日唐突にひらめいたことがあった。

「十(10)」のことを「とお」という(尚、この「とお」は「遠」に由来しているらしい)。
そして「百」とは「十×十」である。
すなわち

「百」=「十十」=「とお・とお」⇒「と・と」⇒「どど」

ではないか?

で、この「どど」の訛りの派生として「百(どうど)」という読み方がある、ということではないだろうか?



それだけの話なんですが。もし正確な由来をご存知の方がいたら、教えてください。
(というか、そもそも、その土地の何が「百」だったんだろうか?)

× CLOSE

カレンダー

08 2017/09 10
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最新トラックバック

バーコード

ブログ内検索

最古記事

(05/28)
(05/29)
(05/31)
(05/31)
(06/01)

× CLOSE

Copyright © よしをの震後/原・映像 : All rights reserved

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]